伊藤潔 研究室

2.研究室紹介

 

災害科学国際研究所

災害科学国際研究所(以下、災害研)は、24年4月、東北大学としては70年ぶりに設立された附置研究所です。被災地の復興・再生に貢献するとともに、自然災害科学に関する世界最先端の研究推進を目的とし、理系と文系合わせて7部門、36分野から構成されています。一部門を占める災害医学研究部門は、広域巨大災害時の疾病への対応を多面的に研究し、国際標準を確立することを目的としています。災害関連研究所で医学部門が入っている研究所は世界で数か所、日本では唯一です。
部門は7分野からなり、広域巨大災害に対応できる救急医療を扱う災害医療国際協力学分野、被災地で起こりうる急性・慢性期の感染症を研究する災害感染症学分野、災害に伴うストレスの緩和・低減を研究する災害精神医学分野、災害後の保健衛生を研究する災害公衆衛生学分野、放射線や被曝への正しい理解の普及を主眼とした研究を進める災害放射線医学分野、災害時でも機能する医療情報システム構築を目指す災害医療情報学分野、そして災害が女性全般に及ぼす影響を扱う災害産婦人科学分野があります。当分野教授の伊藤は、災害医学研究部門の部門長を兼任しています。

 

災害産婦人科学分野のミッション

当分野は、産婦人科疾患を災害の視点から捉えることを目指す、世界で唯一の分野として創設されました。大災害が母子に及ぼす影響を分析し今後に備え対応出来る国際的基準を確立する事を第一の目的に、これら甚大な災害が婦人科特有の疾患に及ぼす影響の多面的かつ長期的な研究を遂行していく事を第二の目的としています。

 

1.大災害時の周産期医療体制

 災害時でも分娩は存在し、診療の停滞は許されません。一方、今回の震災では多くの分娩取扱い施設が被災しましたが、DMATなど外部からの救援活動には産科医・助産師は組織的には組み込まれていないなどの問題点も明らかとなりました。これらの情報を分析し、災害に対応できる周産期医療体制の構築を図ります。

 

2.大災害で生ずる周産期疾病

 今回の震災への遭遇で妊婦・新生児がどのようなストレスに晒され、どのような病気を発生したかを明らかにする事は災害時の周産期疾病の予測・予防という観点、ひいては災害を考慮した母子保健行政を再構築する上でも重要です。これらを検証し、災害に強い周産期医療システムの構築を目指しています。

 

3.大災害で被害を受けた検診体制の再構築

 宮城県はがん検診発祥の地とされ、子宮がん検診受診率は全国一位でした(図1)(図2)。しかし今回、被災地での検診体制はハード(検診施設)、ソフト(保健所などを通じたネットワーク)両面で壊滅的打撃を被りました(図3)。関係者の努力で検診受診率は改善傾向にありますが、今後、被災地での検診の立て直しは被災者の長期的健康保持を図る上で重要です。災害を想定したネットワーク体制を含めた検診体制の再構築を目指しています。また、被災地を含めた宮城県内での子宮頚がん予防ワクチンの接種状況の調査も行っています。

 

(図1)

図1

 

(図2)

図2

 

(図3)

図3

 

 

4.大災害時及びその後のストレス/生活環境変化が婦人科疾患発生に及ぼす影響

 当分野が長期的に研究遂行することを考えているミッションです。ストレスが女性のホルモンバランスに及ぼす影響、また食生活を含む生活環境がホルモン依存性の婦人科癌(子宮体癌など)の発生進展に関与することは、これまでも指摘されてきました。今回の大災害とそれに続く避難所・仮設住宅での生活による慢性的ストレス、食生活を含む生活環境の激変、さらには大量のがれき中に含まれる環境化学物質への長期間の曝露は、女性のホルモンバランスや婦人科疾患の発生に多大な影響を及ぼすと考えられます(図4)。これらで生じる婦人科疾患の特徴の解明とその防止策の構築は、被災した女性の長期健康保持の観点から極めて重要です(図5)。この視点からの研究は、国際的にも初めての試みで、その過程で婦人科疾患とストレス・生活環境との関わりもより明らかになることが期待され、今後の大災害後の婦人科疾患の予防に多大な貢献を果たせる可能性があると考えられます。

 

(図4)

図4

 

(図5)

図5

 

 

災害産婦人科学分野教室の現況

 24年4月に全く新しく設立された分野のため、8月までは研究室もない、机もない、人もいないという状態でした。秋以降、仮研究室に入居し、11月からは講師として三木康宏先生が着任し、少しずつ研究する体制が整いつつあります。来年度初めには、大学院生、技術補佐員数名が入室し、本格稼働する予定です。

 

これまでの活動と来年の予定

 今年3月以降、9ヶ月間に、検診・ワクチン・女性ホルモンと癌に関する講演・シンポジストを学会・地方部会・市民公開講座で計14回施行(うち1回は国際学会)しており、ほとんどで災害研の紹介および被災地での検診状況を提示・報告してきました。詳細は業績録をご覧ください。

 

(来年度の予定)

1. 日本産科婦人科学会総会シンポジウム(5月札幌:被災地を支える新たな産婦人科医療システム)で、シンポジストおよび司会。
2. 日本産婦人科医会総会シンポジウム(10月仙台:震災後の産婦人科医療)で、企画運営およびシンポジスト。
3. 検診・ワクチンに関する講演を、3月までに計3回(仙台市、奥州市、青森市)施行予定。

 

おわりに

これまでの災害医療は、ともすれば災害時の緊急対応に力点が置かれてきました。災害産婦人科学は、甚大な災害が産科および婦人科の疾患に及ぼす「多面的かつ長期的な影響」の研究を目的とした全く新しい分野です。今回の被害実態を解明し、後世に国際的な教訓として残す上でも、若手を含めた多くの研究者により様々な視点からの探究がなされるべき新たな領域と考えます。
興味をもたれた方は、是非、災害科学国際研究所のホームページをご覧ください。
(東北大学災害科学国際研究所ホームページ URL: http://irides.tohoku.ac.jp/index.html
当分野に興味を持った、話を聞きたい、研究してみたいと思われた方は、ご連絡ください。