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留学報告

2014 日本−ドイツ交換プログラム

徳永 英樹

今回、日本産科婦人科学会およびDeutsche Gesellschaft für Gynäkologie und Geburtshilfe(DGGG: ドイツ産科婦人科学会)間の交換プログラムに参加しました。はじめに10月8(水)日から11日(土)にかけてミュンヘンで開催されたDGGG総会(2年ごと開催)に参加。杏林大学 岩下教授、群馬大学 峯岸教授、広島大学 工藤教授、大阪大学 木村教授、東京大学 原田先生とご一緒させていただきました。

学会終了後に原田先生はUlm大学、私はBonn大学病院に2週間の予定で見学に行きました。
もともと日産婦とDGGGとで日独シンポジウムが隔年で互いに開催していたわけですが、今後は若手医師を隔年で派遣しようという動きが出て、最初の試みとして、原田先生と私がドイツ訪問の機会をいただきました。

DGGG総会(ミュンヘン)

2年ごとに開催されるドイツの総会で、産科学婦人科学各種分野の発表があり、日本における日産婦総会に相当します。

初日に1時間の枠で日独シンポジウムが行われ、日本からは岩下教授が日本側の座長を務め、峯岸教授、工藤教授、木村教授が講演を行いました。ドイツからはUlm大学のJanni教授、Bonn大学のKuhn教授が講演を行いました。彼らが今回のホストで私はBonnのKuhn教授の病院でお世話になりました。

期間中、ミュンヘン地域の基幹病院であるミュンヘン赤十字病院、ミュンヘン大学病院を見学しました。各施設で、臨床業績(分娩数、手術数など)のデータの説明を受けました。

癌の治療にあたっては、年間の初発手術例の規定が設けられ、その症例数をクリアしないとcancer centerとしての承認が下りず、病院の臨床実績、論文発表などの研究業績が、予算獲得にも影響し、病院の収益に直結するということであり、施設間の競争が激しいということです。

ミュンヘン大学病院は市内と郊外に二つの病院からなり、市内は古式ゆかしい建物で、キリスト教圏らしく教会が院内に併設されていました。我々の大学でもかつて公開診察をしていたような階段教室で学生に講義を行っており、かの有名なデーデルライン桿菌を発見したデーデルライン先生もミュンヘン大学の方でした。

 

   

 

もう一つの郊外の病院は40年前に建設されたというのですが、近代的でさほど古さを感じませんでした。病床数1287床、医師数1610人、44科、手術室は31もありました。

麻酔前室というのがあって、2番目以降の手術は1番目の手術が終わる頃にもう麻酔導入していて、手術の入れ替えがとても早かったです。中央病院は歴史的な建造物であるため、取り壊して、建て直すということは難しいため、郊外に新しく近代的な病院を建てたということです。

 

 

学会終了後10月11日(土)にミュンヘンから鉄道でボンへ移動しました。Deutsche Bahn(日本でいうJR)はドイツのみならず、ヨーロッパ内の鉄道網の一部をなしてるわけですが、最近はバスや航空機に押されて、利用者が減ってるようです。かつては正確な運行を誇っていたようですが、最近は遅れたりキャンセルが多く、私も何度もひどい目にあいました。

Universitätsklinikum Bonn(ボン大学病院)はBonn郊外の丘陵地の上にあります。もとは軍の施設を第2次大戦後に病院として改装して利用しているため、かなり広大な敷地内に建物がいくつもあり、機能が分けられています。産婦人科は女性病院として独立した建物(Uniiversitätsfrauenklinik Bonn)で、他にも脳外科+神経内科、病理学、放射線科などは独立した建物に入っていました。そのため、中央手術室、ICUなどから患者を移動するのに、院内専用搬送車を使います。現地スタッフも悩みの種だそうです。救急患者が救命センターに来ても、頭部の疾患だと、そっちに患者を移すか、脳外科医を違う建物から呼び出さないといけません。ドイツの大学病院にはよくあることかと思ったら、通常の大学病院は一つの建物にすべて集まっていて、ボンが特殊ということです。

基本的な診療の流れは、毎日7時30分から全体ミーティングがあります。分娩、手術など前日の報告などで、15分程度で終わります。その後産科病棟、婦人科病棟にそれぞれ分かれ、回診を行います。婦人科ではKuhn教授は基本的に毎日、全室回診し、8時30分より前には回診が終わります。手術がある場合、7時30分頃に患者は手術室に入っており、1件目の手術は8時30分頃から始まります。

ボン大学の女性専用病棟には3つの手術室があり、通常は毎日3列使用して手術をおこなっていますが、現在工事中(なんと今までエアコンがなく、今回取り付け中)であり、本来は放射線腔内照射用の部屋を手術室に転用したり、中央手術室を借用したりしていたため、いつもより手術件数が少なく、見学できる手術が少なかったのが残念でした。この病院では腹腔内温熱化学療法を卵巣癌で行っているのですが、今回の滞在中に予定がなく、見学できなかったのが非常に残念でした。日本で行われているようなタイムアウトや手術後の遺残防止のレントゲン撮影などは行われていませんでした。器械出しのアシスタントは必ずしも看護師でなかったりするそうで、よく訓練されており、術者と助手が摂氏で出血点をつまむと器械出しが電気メスで焼くという、光景が見られました。

教育制度にも関わりますが、なんらかの学校(大学、専門学校)を出て資格を得るというパターンと、仕事をしながら、週に12日とか、一部の時間を学習に当てて、一定期間の研修後に資格を得るというパターンがあるそうで、器械出しさんは、看護師とは別の資格でもできるようです。

毎週火曜日の夕方にTumor boardで30〜40例程度の症例検討を放射線科医、病理医、外科医も交えて行っていました。

このように、日常診療に混じり、回診、外来診療、手術に立ち会いつつ、病理医、cancer centerのディレクター、一般病院の臨床医とも面会する機会を与えてもらい、様々なことを見聞きしたので、トピックに分けて報告します。

現地スタッフから聞いたことなので、私の英語力の問題もあって、間違いが含まれているかもしれませんが、ご容赦ください。

 

 

医学教育

ドイツ全土で約30校の公立医学部があり、100〜200人/年の学生を教育している。学費もほとんどかかりません。年度制ではなくセメスター制を取っており、春と秋に入学者を採用している。日本のような入学試験ではなく、日本にあたる高校の成績、共通試験の成績で要求される評定をクリアした上で、希望の大学へ願書を提出し、入学許可がおりる。

最初の5年間で基礎から臨床医学、ベッドサイドラーニングを終え、最終学年はstudent doctorとして、大学病院、一般病院で将来興味のある科を数ヶ月ずつ周り、実地臨床を学ぶ。卒業時に最終試験を受け、医師になる資格を得る。

 

専門医の養成

ローテーションのような初期研修制度はなく、直接興味のある科のレジデントコースに入り、産婦人科の場合は5年間のプログラムを経て産婦人科専門医の資格を得ることになる。最低でも何らかの専門医を持たないと病院の勤務医としてしか働けない。開業許可は最低限専門医を有するということが最初のハードルである。

産婦人科においては産婦人科専門医取得後、3年程度のプログラムで腫瘍、不妊・内分泌、周産期(出生前診断)のサブスペシャリティを目指す。

 

健康保険

基本的に国民皆保険制度で、受診時の自己負担はない。救急車は有料。保険にはpublicのものと、privateがあり、publicの保険でだいたいカバーされるが、先進的な医療や、専門家(教授)のprivateクリニックの受診は保障されない。

変わったところは、交通費が保険でカバーされるということであり、片道2時間程度の距離でもカバーされる。したがって、日本のように住居が遠い、車を運転できない、送ってくれる人がいないといった理由で入院する患者はおらず、ほぼ毎日の放射線照射も基本的に通院で行われる。病院の会計待ちなんてのもないので、そういう部分は見習いたいものです。

 

医療システム

総合診療医をかかりつけとして、そのDrを通さないと病院受診はできない。アクセス制限によって、専門性の高い医療を提供する病院の業務負担が軽減される。大学病院では通常の妊婦健診や、ガン治療後のフォローも基本的に一切しません。

 

周産期

ボン大学病院は年間、約1000件の分娩を扱っている。病院の規模(医師数)の割に扱う件数は少ないが(多いところは2000件以上)、ハイリスクが集まってきており、帝王切開率は40%。ボンは人口およそ40万人で、分娩を取り扱う施設は5箇所程度。それぞれ1000件以上扱っている。ボン大学病院は高度医療提供施設であり、一般妊婦の健診は行わない。ホームドクターが何か異常を認めたときに大学にコンサルトする。毎日20人/日程度の超音波外来を行っている。仮に異常が見つかっても、入院の適応や治療の必要がない限り、分娩開始までフォローはホームドクターで行う(右:超音波室)

社会的事情の中絶は妊娠12週までは許されており、日本のように産科婦人科専門医の他に母体保護法指定医のような資格はなく、産婦人科専門医であれば実施可能。12週以降は母体にリスクを伴う場合中絶は許可されている。基本的に胎児異常の中絶は許されていないが、実際には行われている。また、中絶希望時は胎児の安楽死も行われている。たまたま見る機会があり、超音波下に臍帯に塩化カリウムを注入し、分娩誘発はその後に行っていた。

早産治療も異なり、オキシトシン受容体拮抗薬が用いられるが3日以上は使用しないということであった。
晩婚化、妊婦高齢化は日本同様に社会問題化している。

 

内分泌

ドイツでは、ARTも保険の対象ではあるが、全額ではなく50%保険残りは自己負担である。また、女性は40歳以下、男性は50歳以下、法的に婚姻が成立しているカップルにしかART、AIH、AIDといった治療は許されない。年齢制限を越えると自費となるが、さらに女性40代後半となると、ドイツでは不妊治療はできず、スペインや東ヨーロッパで(年齢制限を設けていない)希望者は治療を受けている。代理母、卵子提供による妊娠は法的に禁止されている。

若年進行癌による不妊治療についてはボン大学は比較的早期から取り組んでおり、2000年から卵巣の凍結保存を実施している。まだ試験的な段階なので、必要最低限の自己負担(初回300ユーロ、半年後から年間200ユーロの維持費)で卵巣組織の保存を行っている。対象の50%以上は乳癌と非ホジキンリンパ腫で子宮と卵巣がもともと正常で、35歳以下という条件である。原疾患が3年無再発でかつ、その時点で卵巣機能が認められない症例には保存していた卵巣を移植しているというが、まだ実施症例数は少ない。

 

腫瘍

日本と違い、乳癌は婦人科で扱っている。ただし、専門医取得後に腫瘍専門医を目指す場合は乳腺と女性生殖器に分かれるようである。乳癌症例の数はやはり多く、ボン大学では週に1回症例検討を行うが、半数は乳腺症例である。

化学療法は基本的に外来で行い、婦人科だけで6列(全体で30列:30人分の点滴用椅子)あり、その日の担当医が、採血、点滴ライン確保、当日のデータチェック、治療合間の採血フォローの検査結果をホームドクターからファックスで受け取り、患者との連絡なども行う。

Bonn大学では術中高温腹腔内灌流化学療法を再発卵巣癌治療に行い一定の成績を納め、現在多施設でのprospective trialの準備中である。再発患者に対するconventionalな化学療法と比較して、良好な成績が得られており、今後の治療オプションとして非常に期待できる方法である。ただし、私が滞在中は目にする機会がなく、心残りである。

 

麻酔科医

病院全体で150人程度おり、外来手術室、中央手術室、ICU、女性病棟などの各部署に十分な数の麻酔医が常駐しており、日帰りの円錐切除や、採卵も全身麻酔で行っていたことに驚きを感じた。

10月22日(水)にミニレクチャーを行う機会をもらい、当科で行っている子宮頸癌に対するセンチネルリンパ節生検、術中電気刺激を利用した神経温存広汎子宮全摘術について講演を行った。乳癌でセンチネルリンパ節生検を実地で行っているので、どちらかというと神経温存術式について興味を持ってもらえた。

おおよそ、医学的な部分では特に戸惑うような違いを感じなかったが、社会背景、保険のシステムの違いから、入院患者の数や、病院における外来患者数が異なること、大学病院が専門性を発揮して仕事に取り組めることに差を感じた。

医療の効率化といった部分で学ぶ点は多いと思われる。

 

おまけ

滞在中、ホストのKuhn教授宅にお邪魔させていただき、ボン市内と郊外をご家族と一緒に回りました。

  パースの朝焼け   パースの朝焼け  
  Kuhn教授の自宅にて   Kuhn教授家族と(Drachenfels:竜の岩山)  

 


ケルン大聖堂
ボンからケルンまでは電車で20分程度で、ダイヤの乱れに悩まされるつつ、ブンデスリーガの観戦をしてきました。ケルン駅前には有名な大聖堂がそびえてっており、中央駅からトラムに乗ってスタジアムまで行きました。

ケルンには大迫、ドルトムントには香川が所属しており、途中出場の大迫のアシストが決勝点となり、ホームのケルンが勝利したので、大変盛り上がりました。

 

 

  パースの朝焼け   パースの朝焼け  
  ラインエネルギーシュタディオン
(5万人収容:当時は満席でした)
  ケルン VS ドルトムント  

 

  パースの朝焼け   パースの朝焼け  
  香川真司(ドルトムント)   大迫勇也(ケルン)