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Woods Hole留学記〜前半戦

鍋島 寛志
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講義室、実験室のあるLillie Hall

 現在、私は米国、マサチューセッツ州のWoods Holeというところにある、Marine Biological Laboratory (MBL)に来ています。Frontiers In Reproduction 2010(FIR2010)という6週間のコースに参加するためです。このFIRはReproduction Scienceをしている最先端の研究者が講師になり、ポスドクや、Ph.D.コースに在籍している若手研究者を集めて少数先鋭で集中トレーニングをするという企画です。ちなみに、Woods Holeは米国では有名な別荘地で、とても風光明媚な場所ですが、何せラボと同じ敷地内のドミトリーに暮らして、カンヅメになって、土日も実験を続けるという、恐ろしい企画です。食事もやはり敷地内のカフェテリアで三食ついていますので気晴らしの食事に外出するということもできません。近所も日本の別荘地とは全然違って、数件の食堂やバーがあるだけで、ちょっと日用品を買いに行くような雑貨店すらありません。シャンプーを買うために、バスで20分くらいの隣町に買いに行かなくてはならないくらいです。もっとも朝9時から夜9 時まで連日実験や講義が組まれていますので、行く暇はありませんが。どうしても何かが必要な参加者は、スタッフに頼んで買ってきてもらいます。ちなみに参加者からは、“Boot Camp”とか、“Prison”とか呼ばれています。参加者は、もちろん米国からがメインですが、海外からも必ず来てもらうということで、今年はメンバー16人中、ブラジル、オランダ、ポルトガル、インド、そして、私、日本からの参加がいます。1998年から始まって13回目ですが、日本からの参加は初めてだそうです(当科の寺田先生がオレゴン留学中、初回のFIRに、また2年前にペンシルバニア大学の井尻先生が参加していますが、在米中なのでカウントされていません)。米国からの参加者も留学生が多く、アルゼンチン、セルビア、ポーランドなど本当に様々なところから皆来ています。なぜ海外からの参加者を募るかについて、先週「いかにグラントを取って研究室を立ち上げるか」という講義をNIHの元審査員がしていましたが、米国のグラントでは、独創性や有用性はもちろん重視しますが、それと同様に、ポスドクや学生に対する対応(メンターの対応や、給料、終了後の進路など)や、他施設(特に海外との)交流などを重視しているそうです。そういうこともあって、海外からの参加者を積極的に受け入れているようです。男女比は、男性5人に女性11人と女性優位で、また、あちらの女性のアクティブなこと、完全に圧倒されています。


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会場の前のEel Pond

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ドミトリー。3人部屋です

 

 ところで皆さんは、Reproduction Scienceと聞いてどんなイメージを持ちますか?実は、日本でReproduction Scienceという概念はまだ確立していないような気がします。もちろん、生殖医療(Reproduction Medicine)や、発生学(Development Science)という概念はあります。しかし、例えば日本の大学に生殖科学講座、というのは無いのではないでしょうか?うかつにも私は米国に来てからそのことに気づきました。このReproductive Science という概念は非常に幅広い分野で、生殖に関わる事項は全て包含されます。コースの内容も、最初の2週間はSteroid Axisに関わる酵素活性や細胞内伝達物質から乳癌や体癌の疫学や病理の講義など、どうも私の思っていた、“ARTを中心とするReproduction Medicine”とはカバーする範囲が異なるようです。3週目に入ってようやく着床や胎盤の話が出てきましたが、その内容も妊娠高血圧の話や、妊娠中の低栄養が将来のMetabolic Syndromeの原因になりうるという、いわゆる バーカー理論の話など、前半3週間が終了した今でも、まだ卵子や精子の話は出てきません。いつになったらIVFやICSIの話が出てくるのだろうか?

 さて、実際のタイムスケジュールですが、 9時からレクチャールームで講義が始まり、11時くらいから実験開始。交代で食事をとりながら、とりあえず18時くらいまで実験を続け、夕食を取って19時から21時までまた講義、その後実験が残っていれば継続、残っていなければ、講師含めてみんなで近所のLeeSideというバーに繰り出し1〜2時頃まで語り明かすという感じです。ちなみに前半戦が終わった昨日の土曜日は、生徒たちで集まって着飾ってダンスするパーティーナイトを企画しました。飲んでダンスして、その後真夜中のビーチに繰り出して酒盛り、ルームに戻ったら朝3時…。そして今日は日曜日ですが朝9時と11時に実験結果を確認、午後はフリーで、隣町に買い物に行ったり、ビーチに行ったりですが、7時からは外でバーベキュー。とにかく全力で勉強して全力で遊ぶという感じです。本当にこっちの人のタフさには圧倒されます。

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ある日の実験風景

 実験ですが、どう考えてもこの短期間できるとは思えない内容を詰め込んでいるので、とにかく忙しいです。講師や、TA(Teacher Assistant)が前もって時間内に終われるように準備してくれているのですが、中々追いつけません。関連する内容を3〜4つくらい並行して(例えば、qPCRと、EMSAと、ChIP AssayとWestern)週に2〜3個くらいの内容を行い、終わるたびに、グループ毎に簡単なスライドを作ってプレゼンテーション。原稿なんてもちろん無いのでアドリブで発表して、質問に答えなくてはなりません。さすがに英語の壁は厚く、ほとんどグループの他のメンバーに助けられて答えている状態です。ただ最初の2週はmolecularのやったこともない実験の連続で、説明の英語も分からずひたすら辛いだけだったのですが、今週は、マウス胎児を解剖して性腺摘出など、手先を使うような実験も入ってきて少し楽しくなってきました。ちなみにマウスの実験は、性腺のMigration AssayではGFPの妊娠マウスとWild Typeの妊娠マウスを各自1匹ずつ用意してもらうなど、すごくコストがかかっていると思われます。

 コストの話が出てきましたが、たった16人の参加者のこのコースにかけるコスト、マンパワー(講師、TA合わせて計50人くらい来るそうです)はとても信じられないほどです。何せ、各大学で最先端の仕事をしている教授、准教授たちが、自分の仕事を置いてきて、数日〜長くて2週間くらい我々と一緒にカンヅメになり、自分の弟子でもない参加者を手取り足取り教えるというのですから…。ちなみにTAは元FIR受講者が多く、ほとんど手弁当で来ています。もっともこの人たちは実験の後の飲み会を楽しみにしている節もありますが。道具も使い古しではなく、ほとんどこのコースのためだけに最新式のものが購入またはレンタルされています。もちろん参加費も高い($4500)のですが、参加費相当の額はScholarshipが出るのでほとんど参加者の負担はありません。その他全てのコストはNIHのグラントや、企業の寄付でまかなわれていて、米国の科学に対する力のいれようはさすがです。メンバーに話を聞いてみると、参加者側としては、色々なラボのポスドクやスタッフと交流を持つことによって他のラボを知り、少しでも良いポストを探すことや、スタッフ側としては、専門領域の他大学の先生と寝食を共にすることによって、自分の研究の進展を図る、また、生きの良い若者を見つけて自分のラボに誘う(ちなみにこんなに英語の分からない自分も何回もアメリカに来ないのか?と言われました)など、やはり色々な大人の事情もあるようです。しかし、色々な事情は別にして、講師も参加者も、皆楽しくやっていて、誰かに会えば、必ず“Are you enjoying?”と聞かれます。とにかく立場を忘れて楽しむのが第一の目的のようです。

 困ったこと…。全然英語が分かりません。ちなみにドミトリーは3人部屋で私の部屋はインド人と、インド系アメリカ人で、彼らの英語はとても英語とは聞こえない英語です。興が乗ってくると英語からヒンズー語に変わってしまうのですが、どこで変わったのかすら分かりません。ただ、慣れてくると何となくニュアンスで(ヒンズー語なのに?)話が伝わるのが不思議なところですが。この相部屋生活、最初は大変かと思いましたが、高校の部活の合宿みたいなもので段々楽しくなってきます。分からないこと、しなくてはならないことなどあると教えてもらえますし。とにかくメンバー16人は講義、実験、食事、遊びと常に一緒です。赤の他人とこれだけ長く一緒にいるというのは生まれて初めての経験ですが、意外と楽しいものです。ただ、食事の時が恐怖で、当然隣の人と世間話をするのですが、まったく言われていることが分かりません。冗談かと思うかもしれませんが、本当に分かりません。一言も分かりません。紙に書かれれば簡単に分かるようなフレーズがノーマルスピードの会話だとまったく理解できないのです。特にネイティブの米国人は会話スピードが早すぎてまったく聞き取れません。しかし、不思議なのは、留学歴のない非英語国の参加者も普通に聞き取って会話をしていることです。もちろん話すのはゆっくりですし、つまったりすることもありますが、ほとんど会話に困ってはいません。確かに自分も英語が得意というわけではなかったのですが、それでも普通に大学に入るくらいは勉強していたわけで、この差にはびっくりしました。日本の英語教育はやはり何かが間違っているのでしょうね。それに、仮にも科学者たるもの、英語で意思疎通ができるのは日本以外の国では普通のことのようです。

 教育と言えば、こちらの全体的な教育スタイルも少し日本とは違うようです。一つは、学生の積極性。とにかく分からないことや、疑問があれば、講義中でもどんどん質問が出ます。講義が終わって「何か質問は?」と言われて質問が出ないことはまずありません。それと、講義の準備資料や宿題の多いこと。一つの講義に2〜3個の参考文献を出して、そして、皆それを読んでくる。いったいどこにそんな時間があるのか?誰も別にそんな講義スタイルに戸惑ってもいないので、もともとこういうやり方がこちらでは普通なのだと思います。多分、日本の教育システムは、出来る生徒を多少スポイルすることになっても、レベルを平均より下の生徒にあわせて、平均を上げることを重視し、こちらの教育システムは出来そうな学生にさらにぎりぎりの負荷を与えて延ばすという方法なのだと思いました。まぁ、ここ3週間の生活で分かる限りなので間違っているかもしれませんが。

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誕生日パーティー

 最初の1〜2週間は、英語も分からず、しばらく研究もしていなかったので内容にもついて行けず、キャリアアップのために参加して、ギラギラと燃えている若手ポスドクたちに、「いったい HIROは何のために来ているんだ?」と不思議そうに聞かれ、まさに格闘の日々でした。しかし、徐々にお互い打ち解けてきて、先週の自分の誕生日には、実験が11時近くまでかかったにも関わらず、みんなで飲み屋に移動して全力で祝ってもらい、少しずつ楽しくなり初めている今日この頃です。第一回FIR参加者の寺田先生や、ペンシルバニア大の井尻先生に、「楽しいから絶対に参加した方が良い」と言われて来てしまったのを、来た当初は正直かなり後悔していましたが、だんだんと楽しいと言えそうな気がしてきました。ただ、英語だけはもっと勉強してくるべきでしたが(後悔先に立たず)。

 この経験が日本に帰って役に立つかどうかは、まだまだ未知数ですが、忙しい中快く送り出していただいた医局の皆様に感謝して、後半戦に入りたいと思います。


2010年5月23日、初夏のWoods Holeにて。鍋島寛志