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西オーストラリア大学留学記A

齋藤 昌利
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西オーストラリア大学正面にて

みなさん、こんにちは。僕は2009年4月より、西オーストラリア州パースの西オーストラリア大学、School of Women’s and Infants’ Healthという研究室で留学生活を送らせて頂いております。早いものでこの留学記を書いている時点で渡豪からちょうど1年という時間が経過しました。全く上達しない自分の英語力を客観的に判断すると、「本当に1年生活したのか? 」と無念極まりない状況ですが、この1年間と近況を紹介したいと思います。

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契約牧場にて
僕は現在、妊娠ヒツジを用いた胎児生理学研究グループに属しています。このグループの年間の研究行程は、大きく「酪農家ステージ」と「科学者ステージ」の2つに分けられます。
パースの気温が少しずつ下がり始める5月からヒツジ実験シーズンは幕を開け、まずは実験に使用するヒツジの契約牧場へお手伝いに行くことから始まります。簡単に「手伝いに行く」と言ってもここはオーストラリアです。作業用のズボンとシャツに身を包み、見渡す限りの広野の中、往復500キロをカンガルーの横断に注意しながら爆走しなければなりません。牧場ではよりヒツジとお友達になるために、つま先に鉄板の入った工事現場用ブーツを履き、数百頭のヒツジの交配作業を手伝ったり、妊娠の有無を超音波で確認したり、、、。

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ヒツジ実験グループ肉体派の面々
土煙をもうもうと上げ、地響きを轟かせながらこちらに突進してくるヒツジの群れを前にすると「壮大」と「恐怖」という文字しか頭に浮かびません。そのヒツジはその後大学所有の牧場と大学敷地内の動物実験施設に運ばれ、詳細なプロトコールに従って負荷実験や手術が施されます。僕たちのヒツジ実験グループはアメリカ、シンシナティ大学やオーストラリア国内の大学ともコラボレーションをしており、彼らの研究のためのヒツジと、我々のグループのヒツジをあわせると年間300〜400頭のヒツジを約3ヶ月間で扱うことになります。一見おとなしそうなヒツジですが自ら手術台に載ってくれるはずも無く、柵の中で逃げ惑うヒツジを血眼になって1頭1頭捕まえて、仰向けにし抱きかかえ後ろ向きに手術台まで引っ張ってくる必要があります。国土が大きければ、ヒツジも大きいというのが自然の摂理です。オーストラリアのヒツジは日本よりも大きく、まさしく「ズシリ」と来ます。約3ヶ月間、早朝から夕方までずっと施設内で羊水穿刺や手術をしているにもかかわらず、背筋が鍛えられ、なんだか上腕二頭筋と三頭筋も逞しくなったような、、、。

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学会発表にて

8月からは「科学者ステージ」です。それまでの3ヶ月でストックした検体を用いて、ラボワークを行います。現在僕はラボのニュージーランド人と「子宮内炎症と胎児皮膚細胞:ケラチノサイト」に焦点を絞った研究を行っています。具体的には、in vivoとin vitroの両方面から、炎症環境下における胎児皮膚細胞の反応=サイトカイン産生の程度を探っています。研究を開始した当初は細胞培養の失敗や慣れない作業のため、なかなか軌道に乗らず焦りもありましたが、最近では少しずつ再現性の高い結果を得られつつあります。疑いようの無い肉体労働者的風貌と指紋押印の枠に入りきらないほど太い指を持つ僕にとって、ラボワークはまさしく未知の領域で、当初は「酪農家ステージ」で心満たされていましたが、最近では、友達に教えてもらいながらも少しずつ技術を習得し、日々RNAに恋して、サイトカインを愛で、タンパク質に共感する、そんなラボワークな毎日を送っています。
現在のボスが産科医であり「臨床医は臨床現場を忘れてはいけない」との助言により、週1回、職場のある産婦人科専門病院で超音波を中心にした症例検討会にも出席しています。症例へのアプローチ、診断から治療への変遷など、オーストラリアならではの方法も知ることができ、週1回ではありますが有意義な時間を過ごさせていただいております。

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職場のみんなと大学のスポーツ大会出場

さて、この1年間の生活を振り返ると、「何とかなった、、、かな?」というのが実感です。買ったばかりの車で追突事故を起こし、車にかけていた保険の書類では「1950年1月1日生まれ」にされ、その書類のおかげで仲間から「Uncle Masa」というニックネームを頂戴し、、、強い風が吹く度にうちのベランダめがけて飛んでくるアパートの上層階の洗濯物に悩まされたり、、、「Saito(サイトー)」を「Satio(サティオ)」と書かれたり、、、と、最近では多少のことでは驚かなくなってきました。しかしながら、生活習慣に関しては何とかオーストラリアに馴染んできたかなと思う反面、英語力だけは未だに「医局の底辺」を死守しているはずです。渡豪前、留学経験のある先輩からの「3ヶ月すれば自然に耳に飛び込んでくる」との言葉を信じ、来る日も来る日もオージー英語に耳を傾けましたが、4ヶ月、5ヶ月、半年、1年、待てど暮らせど英語が耳に飛び込んでこない、、、。先輩、もう少し待ってみます、、、。

これから南半球は冬に向かいます。朝晩はだいぶ気温が下がるようになりましたが、今日も職場の窓から見える空は雲ひとつない真っ青な快晴です。失敗や困惑は数え切れないほどありましたが、この1年は本当に一日一日が貴重な1年でした。ここでしか経験できないこと、今しかできないこと、限られた留学生活を有意義に過ごせるようにがんばりたいと思います。


2010年5月  パースより  齋藤昌利