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留学報告

シアトル留学記 第3部

豊島 将文
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ギャロウェイ研のメンバー。
下段中央がデニス・ギャロウェイ先生、右上が私です。

私は平成20年7月より米国シアトル市のフレッドハッチンソン癌研究所(ハッチ)に留学させて頂いています。早いもので留学記も今回で3回目になりますが、簡単に近況をお知らせしたいと思います。

最近ではラボを移ったのが一番大きな変化です。最初に入ったデニス・ギャロウェイ先生のラボ(ギャロウェイ研)はテクニシャン5人を含む15人以上の大所帯だったのですが、自分の直接の指導教官であるカーラ・グランドーリ先生が独立してハッチにラボを構える(グランドーリ研)のに伴ってそちらに移ることになりました。カーラと僕と大学院生1人の小さいラボです。こちらでは人件費が研究資金の多くを占めるので、ラボの規模(人数)はそのPIが獲得している資金を如実に反映しています。つまりこのラボは研究資金があまり潤沢ではないのです。しかもカーラはワシントン大学にも小さいラボを持っていて、週に3日はハッチに来て、2日はワシントン大学に行っているので忙しいことこの上ないのです。

深く考えずに(有無を言わせず?)ラボを移る事になったのですが、思いもかけない困難が僕を待ち受けていました。ギャロウェイ研では自分の実験をして、決められたミーティングに出てさえいればよかったものが、グランドーリ研では自分の実験に加えて、テクニシャンのする雑用、大学院生やインターンの指導、諸々の共同研究の連絡と折衝、果てはグラントの申請まで自分自身でしなくてはいけなくなってしまいました。

まさか米国に来てまでグラント申請する事になるとは・・・・・

英語でグラントを申請するなど考えてもいなかったのですが、カーラの「これでテクニシャンも雇う事ができる(かもしれない)し、マサフミの給料も上がる(かもしれない)」との甘い言葉にそそのかされて結局グラントを書くことになってしまいました。当時の僕には(かもしれない)は耳に入っていなかったのですが・・・・

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僕のボスのカーラ・グランドーリ先生、
隣のラボのボスのクリス・ケンプ先生
(うちの大家さんでもあります)、
二人に本を読んでもらっているうちの子供たち。

グラントには多くの種類があるのですが、婦人科腫瘍分野では卵巣がんに関するものが充実しています。ポスドクの立場で応募できるグラントを見つけて、1年物の卵巣がん関連のグラントに応募する事にしました。通常のNIHのフォームに従って、何とか5ページのscientific planを仕上げました。それに加えてcareer development planも出す必要がありました。これは今までの経歴や、今後の短期・長期的な目標を述べるものです。ここでは日本で臨床医の経験がある事や、米国で頑張りたいから資金が欲しい旨をアピールする必要があります。これに指導教官の推薦状と共同研究者の手紙を加え、最後にカバーレターをまとめてやっと出来上がりです。さらに応募に当たってはハッチ内で様々な部署の承認を受ける必要もあるため、色々な人の署名をもらうため書類を手にあちこちかけずり回りました。手順がよくわからない事もあり、申請書が完全に仕上がったのは締め切り当日の昼過ぎになってしまいました。仕方がないので郵便ではなく、車に乗って直接申請書を出す羽目になってしまいました。あまりの大変さに何度くじけそうになった事か。

幸運にもこのグラント(Marsha Rivkin Center for Ovarian Cancer Research, Scientific Scholar Awards 2010)を獲得する事が出来ました。獲得額が多くなかったのでテクニシャンはまだ雇ってもらえてないのですが、僕の給料は約束通り少し上乗せがありました。毎日のおにぎり弁当に、これ以降スープが一品加わった事は言うまでもありません。

さて、生活面での変化は自転車通勤を続けている事です。自宅からハッチまでは片道30分なので、毎日一時間以上自転車に乗っている事になります。ワシントン大学の近くに自転車専用の道(トレイル)があり、ここを通りながらの自転車通勤は非常に気持ちのいいものです。シアトルは雨が多い事で有名なのですが、この冬は比較的雨が少なくほとんど休まずに自転車通勤を続け、立派な脚になりました。学生時代に水泳をしていたので、日本に帰ったら走るのを鍛えてトライアスロン挑戦を目論んでいます。

もうすぐ丸2年になるのですが、毎日のように新しい経験があり新鮮な気持ちで生活しています。マウスBリンパ腫と神経芽細胞腫の仕事の仕上げに加えて、最近は卵巣がん細胞株を使ったプロジェクトも加わり大変忙しいのですが、ようやく婦人科腫瘍に直接かかわる研究が出来てうれしい限りです。

 

日も長くなってきた5月に
豊島 将文